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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)420号 判決

原告 日本自動車信用保証株式会社

右代表者・代表取締役 五十嵐輝夫

右訴訟代理人・弁護士 藤巻次雄

被告 甲野太郎

被告 乙山二郎

右訴訟代理人弁護士 若原俊二

主文

被告甲野太郎は原告に対し金三二四万二〇〇円および内金六二万三、七〇〇円に対する昭和五二年三月二日以降、内金一〇三万四、四〇〇円に対する昭和五三年一月一日以降、内金一五八万二、一〇〇円に対する昭和五三年二月一日以降各支払済までそれぞれ日歩五銭の割合による金員を支払え。原告の被告乙山二郎に対する本訴請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告と被告乙山二郎との間では全部原告の負担とし、原告と被告甲野太郎との間では原告について生じた費用を二分し、その一を被告甲野太郎・その余を各自の各負担とする。

この判決は主文一項にかぎり、仮りに執行できる。

事実

原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し連帯して金三二四万二〇〇円および内金六二万三、七〇〇円に対する昭和五二年三月二日以降、内金一〇三万四、四〇〇円に対する昭和五三年一月一日以降、内金一五八万二、一〇〇円に対する昭和五三年二月一日以降各支払済までそれぞれ日歩五銭の割合による金員を支払え。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因としてつぎのように述べ、被告甲野の抗弁事実を否認した。

「一、被告甲野は昭和五〇年一一月二二日訴外株式会社バーナード(以下訴外会社という)より中古車一台(車名ポンティアック、車台番号二二四〇〇二一V、登録番号神戸33せ2928)を二三〇万円で購入し、右代金の一部一七〇万円を訴外日本自動車ローン株式会社より中古車ローンの融資を受けて支払うこととし、返済条件を昭和五〇年一二月より第一回八万九、七〇〇円、以降毎月八万六、二〇〇円を二三回にわたって支払うこととした。

原告は右同日被告の委託を受けて右中古車ローンに対する保証をなし、被告乙山は同日原告の被告甲野に対する求償債権につき連帯保証をなした。

二、被告甲野は昭和五一年一月一四日訴外会社より中古車一台(車名ポンティアック、車台番号兵〔63〕51152兵)を四五〇万円で購入し、右代金の一部二四〇万円を前記日本自動車ローン株式会社より中古車ローンの融資を受けて支払うこととし、返済条件を昭和五一年二月より第一回一二万六、五〇〇円、以降毎月一二万一、七〇〇円を二三回にわたって支払うこととした。

原告は右同日被告の委託を受けて右中古車ローンに対する保証をなし、被告乙山は同日原告の被告甲野に対する求償債権につき連帯保証をなした。

三、被告乙山の前記連帯保証がかりに被告甲野の偽造によってなされたものであるとしても、被告乙山は民法一一〇条による表見代理責任を免れることができない。

(一)  被告乙山は東京弁護士会所属の弁護士であるが、同人は神戸弁護士会所属の訴外丙川法律事務所(以下訴外事務所という)の事務員であった被告甲野に自己の訴訟印を預け、訴外事務所においても訴訟活動を行なっていた。このように被告乙山は被告甲野に対し自己の訴訟印を用いて訴訟手続に関する書面を作成する権限を与えていたものであるところ、被告甲野と訴外会社との間で中古車の売買がなされ、被告乙山を連帯保証人とし、その欄に弁護士と記載し、実印にも匹敵する訴訟印を押捺した甲一、二号証の売買契約書および原告に対する被告らの保証委託申込書が訴外会社を通じて原告に送達されたので、原告は弁護士の保証なら問題ないと考え、あえて連帯保証人に対する保証意思の確認手続をとらず、右保証委託の申込を承諾したものである。

(二)  従って被告甲野が権限を踰越したとするも、原告が権限ありと信ずるにつきなんら過失なく正当理由があったというべく、被告は訴外事務所に訴訟印を預けて訴訟活動による利益を得ているのであるから、訴訟印を盗用されたことによって生ずる不利益を甘受すべきである。

(三)  かりに被告甲野が訴訟書類作成に関する権限を与えられていなかったとしても、被告乙山は民法一〇九条、同法一一〇条の競合による表見代理責任を負うものである。

四、被告甲野は一七〇万円のローン支払につき九回返済したのみで昭和五一年一〇月分より返済しないため、原告は昭和五二年一月一七日被告甲野の昭和五一年一〇月、一一月、一二月の三ヶ月分の返済金合計二五万八、六〇〇円を支払い、その後残額全部支払った。

五、被告甲野は二四〇万円のローン支払につき八回返済したのみで、昭和五一年一〇月分より返済をしないため、原告は昭和五二年一月一七日被告甲野の昭和五一年一〇月、一一月、一二月の三ヶ月分の返済金合計三六万五、一〇〇円を支払い、その後、残額全部支払った。

六、原告は被告との右二つの保証委託契約において、原告が代位弁済した場合の遅延損害金を日歩五銭と定めた。

七、よって原告は被告らに対し右代位弁済金合計三二四万二〇〇円および内金六二万三、七〇〇円(昭和五二年一月一七日代位弁済分)については訴状送達の翌日(記録上昭和五二年三月二日)以降、内金一〇三万四、四〇〇円および一五八万二、一〇〇円については夫々最後の弁済期の翌日以降各支払済まで各日歩五銭の割合による損害金の支払を求める。」

被告甲野太郎は適式の期日の呼出を受けたのに本件口頭弁論期日に出頭しなかったのでその提出にかかる答弁書を陳述したものと看做す。右答弁書には同被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「一、原告の請求原因一、二、六項事実中被告乙山が連帯保証した事実は否認し、その余の事実は認める。三ないし五項の事実中被告甲野が本件債務の弁済を履行していないことは認めるが、その余はすべて争う。

二、原告主張の請求原因一項の自動車は、昭和五一年一月訴外会社に返還し、これを下取車として請求原因二項の自動車を買受けたものである。

三、被告甲野は訴外会社から賃借中であった神戸市葺合区○○町×丁目×の××Bビル一階および二階部分を明渡し、右敷金返還請求権のうち一四〇万円を本件債務の弁済に充当する合意が訴外会社との間に成立したから、原告は右一四〇万円について同被告に求償することはできない。」旨記載されている。

被告乙山訴訟代理人は「原告の被告乙山に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「一、原告の請求原因一、二、六項中被告乙山が本件中古車二台を被告甲野が購入するにつき連帯保証した事実は否認。その余の事実は不知、その余の原告の主張は争う。

二(一) 原告は表見代理責任を問うているが、被告乙山は被告甲野に対して従来なんらの権限も与えたことはなく、第三者に対して被告甲野を自己の代理人とする旨の表示をなしたことも、自己の印顆の保管を同被告に委託したこともないから、同被告には表見代理成立の前提となる基本代理権限が存在しない。

すなわち、被告乙山は訴外丙川弁護士から弁護士業務援助の重ねての要請を受けて同情し、同弁護士の復代理人的地位でその受任事件を手伝うことを承諾したが、自己の訴訟印は同弁護士にも預けたことはなく、被告甲野が乙山の訴訟印として使用していた印鑑は、被告乙山に無断で作り、これを冒用したものである。

かりに被告甲野が被告乙山の業務上の補助者と位置づけられるにしても、被告乙山名義の右訴訟印は、弁護士業務にのみ使用すべきもので、その枠をはみ出た自己個人の金銭貸借等の私的取引につき右訴訟印を用いて連帯保証人の捺印をすることは、何人からみるも当該事務員の権限外であることは明らかである。

(二)  被告甲野は被告乙山の記名捺印を訴外会社の販売担当社員井上(原告代理人)の目前でして居り、井上は被告甲野の無権限を知って居り、その悪意の効果が原告に及ぶといわねばならない。

そうでなくても原告は被告乙山の保証意思を確認すべき注意義務を怠り、印鑑証明の添付も求めず、被告甲野の言のみ信じ漫然代金完済に先立ち所有権をも移転したもので、原告は重過失の誹りを免れず、被告甲野の権限を信ずる正当理由は全く存しない。」

(証拠関係)《省略》

理由

一、原告の請求原因一、二、六項の事実のうち、被告乙山が連帯保証した事実を除く部分は原告と被告甲野との間において争いがなく、右争いのないところから、原告と被告乙山との間においてもこれを認めることができる。

二、《証拠省略》によれば、請求原因四、五項の事実が認められ、これに反する立証がなく、被告甲野の抗弁事実を肯認すべき立証は存しない。

そうすると被告甲野は原告が代位弁済した合計金三二四万二〇〇円および昭和五二年一月一七日に代位弁済した内金六二万三、七〇〇円については昭和五二年三月二日以降、代位弁済残金中一七〇万円のローン支払分については昭和五三年一月一日以降、二四〇万円のローン支払分については同年二月一日以降、各支払済まで日歩五銭の割合による約定遅延損害金を支払うべき義務がある。

三、原告は被告乙山が原告の本件求償債権を連帯保証したと主張し、甲一、二号証(自動車ならびに保証委託に関する契約書)を提出し、右契約書には連帯保証人欄に乙山二郎の記名と、名下に弁護士の記載があり、弁護士乙山二郎の印なる印顆が押捺されているが、《証拠省略》に徴すると、右記名押印は被告甲野が被告乙山に無断でなしたものであることが認められ、これに反する立証がないから、被告乙山が連帯保証した旨の原告の主張は失当である。

四、原告はつぎに表見代理の主張をするので以下この点について判断する。

《証拠省略》に徴すると、被告乙山が丙川弁護士および被告甲野より大阪の訴外事務所における丙川弁護士の受任事件を復代理として処理して欲しいとの依頼を受けてこれを承諾し、被告甲野が作った乙山弁護士名義の訴訟印を訴訟上の提出書類など訴訟活動に使用することを許していたが、これを私的取引においても使用することを許諾したことは全くなかったことが認められる。一般にこのような弁護士印は、弁護士が争訟関係に使用する一種の職印であって、私的取引の面において使用されることはまれであるというのが一般の認識であると考えられるから、通常の実印の交付と異なり、右弁護士印の使用許諾によって、私的取引面における代理権の授与を推認することは困難であると考えられ、他に格別の主張、立証のない本件において原告主張の表見代理成立の前提である基本代理権をたやすく認めることはできない。

のみならず原告は弁護士の記名押印があることによって、被告甲野の権限を信じたことに正当の事由があると主張するが、弁護士印がこのような私的な契約書に押捺されているときはなおさら当該弁護士の保証意思を確認する位の注意義務が望まれるともいえ、原告がその点の確認を全く怠り、電話照会はもとより印鑑証明書の添付すら求めなかったことは重大な過失というほかはないから、いずれにしても表見代理に関する原告の主張は失当であって、採用できない。

五、そうすると原告の本訴請求は、被告甲野に対する部分は正当であってこれを認容すべく、被告乙山に対しては失当であって棄却を免れない。

よって訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村旦)

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